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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)224号 判決

埼玉県朝霞市朝志ケ丘1丁目2番1-1307号

原告

小川佳久

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 麻生渡

同指定代理人

産形和央

中村友之

長澤正夫

津野孝

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  原告の請求

一  特許庁が平成2年審判第14764号事件について平成4年9月17日にした審決を取り消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  事案の概要

本件は、難査定を受け、不服審判請求をして審判請求が成り立たないとの審決を受けた原告が、審決は、本願発明の要旨の認定を誤り、一致点の認定を誤り、相違点を看過し、相違点の判断を誤り、本願発明の奏する顕著な作用効果を看過するなどしたものであり、また、審判手続に瑕疵があり、違法であるから、取り消されるべきであるとして審決の取消を請求した事件である。

一  判断の基礎となる事実

(特に証拠(本判決中に引用する書証は、いずれも成立に争いがない。)を掲げた事実のほかは当事者間に争いがない。)

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和54年9月14日、名称を「洗濯機」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和54年特許願第117405号)したところ、昭和63年2月18日、特許出願公告(昭和63年特許出願公告第7798号公報)されたが、特許異議の申立てがあり、平成2年4月19日、特許異議の申立ては理由があるとする決定とともに拒絶査定を受けたので、同年8月15日、査定不服の審判を請求し、平成2年審判第14764号事件として審理された結果、平成4年9月17日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年11月7日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項)

洗濯槽底部中央の回転軸を介して洗濯槽底部に設置されている回転体を、洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態で回転させ、洗濯槽内の水を該回転体で直接掻き回して渦巻の洗濯水流を発生させ、渦巻状に中心に近づきながら下降する水流を生じる洗濯機において、洗濯物が渦巻に巻き込まれることを防止して洗濯物の絡合いを防止する、筒状で上部に隙間を有する柱を洗濯層の中心に設置せることを特徴とする洗濯機

3  審決の理由の要点

(1) 本願発明の要旨

本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。

(2) 引用例

これに対して、本件出願前に頒布された昭和40年実用新案登録出願公告第595号公報(以下「引用例」という。)には、遠心脱水洗たく機に関し、図面とともに、下記の点が記載されている。

イ 「脱水槽1に、その中央に設けられた羽根車7をおおうように、中央に縦方向の通路11を、下側周縁に複数の放射状の翼12を、側面に複数の翼13と通路11に連通する多数の小孔14とを備えた円錐台状の案内具10を取付けた遠心脱水洗たく機の構造」(実用新案登録請求の範囲)

ロ 「従来の洗たく機を兼ねた脱水槽を持つ遠心脱水洗たく機は、脱水槽の中央に羽根車を備え、この羽根車の回転だけで洗たく作業を行っていたのでその洗じょう効果は必ずしも最良というわけには行かなかった。」(1頁左欄17行ないし21行)

ハ 「図において1はその壁に多数の孔を備えた洗たく槽兼用の脱水槽、2はその外槽で、その11すみに取付けられた支持具3を介して洗たく機外箱4の上部から垂下するつりばね5により支持され、支持具3の下端は一端を外箱4に固定されたダンパ6により押えられ、脱水時洗たく物の不つりあいによる外槽2の振動を防止するようになっている。

7は脱水槽1の中央部にこれと離れて自由に回転できるように設けられた羽根車で、電動機8の軸に直接取付けられており、脱水槽1は電動機8が正回転している時はクラッチ9がはずれて停止し、羽根車7だけが回転するが、電動機8が逆回転する時はクラッチ9が作動して脱水槽1も羽根車7と共に回転し、その内に投入された洗たく物の脱水を行う。

10はこの考案において特に設けた案内具で、アジテータに似た円錐台状をなし、中央に縦方向の通路11を、下側周縁に数枚の放射状の翼12を、側面に沿ってせいの低い複数の放射状の翼13を、翼13の間には中央の通路11と連通する数列の小孔14を備え、羽根車7をおおうように脱水槽1に翼12を貫通するねじ15により固定されている。」(1頁左欄32行ないし右欄11行)

ニ 「従って洗たく時には脱水槽1内に投入された洗たく物は、羽根車7により放出される水流により脱水槽1にたたき付けられると共に円周方向に流されながら脱水槽1の内壁に沿って上昇する。次に羽根車7の吸水作用により案内具10の側面の翼13に触れ、円周方向に流されながら案内具10に沿って下降する。洗たく物はこのような循環を繰返しながら、脱水槽1の内壁や案内具10の翼13に触れむらなく均一に洗じょうされる。」(1頁右欄24行ないし32行)

(3) 本願発明と引用例記載のものの対比

引用例の記載と図面からみて、その羽根車7は、本願発明の、洗濯槽底部中央の回転軸を介して洗濯槽底部に設置されている回転体に、また、案内具10は、筒状で上部に隙間を有し洗濯層の中心に設置された柱に、それぞれ相当すると認められるので、この点を考慮して本願発明と引用例記載のものとを構成において比較すると、両者は洗濯槽底部中央の回転軸を介して洗濯槽底部に設置された回転体及び筒状で上部に隙間を有する柱を洗濯層の中心に設置した洗濯機である点で一致し、一方、次の点で相違する。

相違点:本願発明が回転体を洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態に設置したのに対して、引用例記載のものには羽根車7をおおうように数枚の放射状の翼12が設けられている点。

(4) 判断

そこで相違点について検討する。

(ⅰ) 引用例記載のものの翼12は、案内具10の下側周縁に放射状に数枚配置され水流の放射線に対する角度を調整する(整流する)作用をなすものであるが、羽根車7の側面は、密閉された状態ではなくオープンに近い状態で回転するものであって、図面からも明らかなように、案内具10の上部に形成された隙間から吸い込まれた水が案内具中心の通路11から羽根車7に送られて循環する水流が発生するものである。一方、本願発明は柱の上部の隙間から流入した水が回転体によって渦巻水流となり、中心に近づきながら下降するものであって、両者は、柱(案内具)の内部を経由して循環する水流を発生させる点において共通する。なお、引用例記載のものは、翼12を設けているのでこれを設けない場合と同等ではないとしても、中心部にそれ相応の渦巻水流が発生するものと認められる。

(ⅱ) 両者とも、洗濯機の中心に柱又はそれに相当する案内具を設置しており、回転体(羽根車)のみの場合に比し、洗濯槽中央に発生する渦巻による洗濯物の絡合いが生じ難いという作用効果を実質的に奏する点でも共通する。

(ⅲ) 洗濯槽底部に設置された回転体の周囲がオープンに形成され洗濯槽内の水が回転体で直接掻き回されて渦巻が発生する洗濯機は本件出願前周知であり、引用例記載のものもそれを従来技術として認識しているものと認められる(上記(2)のロ参照)。

(ⅳ) さらに、洗濯物が渦巻に巻き込まれることを防止して洗濯物の絡合いを防止するために、渦巻が生ずる洗濯槽内部に心棒などを設置することは本件出願前周知の手段にすぎない(昭和52年実用新案登録出願公開第156280号公報に係る実用新案登録願書添附の明細書及び図面を撮影したマイクロフィルム(以下「周知例1」という。)及び昭和51年特許出願公開第139178号公報(以下「周知例2」という。)参照)。

これらの点を考慮すれば、引用例記載のものに対し、整流を省略して羽根車7(回転体)の側面を全くオープンな状態とすること、あるいは、渦巻が発生する洗濯槽の中心に筒状で上部に隙間を有する柱を設置することは、当業者が容易になし得ることとするのが相当である。

なお、本願発明の作用効果として、本願明細書には、「本発明によれば洗濯機の中央に筒状で隙間を有する柱を設置するこどにより洗濯物が渦巻に巻込まれることを防止するので、洗濯時の洗濯物の絡合いやねじれが防止されるため、洗浄やすすぎが効率的に行なわれ、節水、省エネルギーとなり、また絡合った洗濯物をほぐす手間も省ける。特に隙間を柱の上部に設ければ、渦巻水流の吸込みが強い柱の下部に洗濯物が押付けられず、また洗濯槽の上層の水が上部の隙間から筒状の柱内により多く流れ込んで、柱内を下降し、循環する。更に洗濯槽内の柱設置の手段として前記円筒状容器によるときは洗濯物が従来の様に回転体でこすられたり、強くねじられたりして傷むことも防止できる等、従来の洗濯機の多くの重大な欠点を解決することができる。」(本件出願公告公報(以下「本願公報」という。)4欄30行ないし5欄2行)と記載されているが、洗濯槽内部に心棒などを設置することにより洗濯物の絡合いが防止できることは上記(ⅳ)で指摘したように本件出願前周知であり、かっ引用例記載のものの上部に隙間を有する案内具10も同様の作用効果を奏すると認められるから、上記本願発明の作用効果が格別なものであるともいえない。

(5) 以上のとおりであるから、本願発明は、上記周知技術を考慮すれば、引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項により特許を受けることができない。

なお、原査定は本願発明は引用例記載のものに対し新規性がないとして拒絶したが、特許異議の申立てにおいては、引用例記載のものに基づき進歩性がないという理由も申し立てられており、原告も、特許異議の答弁、審判請求の理由等において、進歩性に関する拒絶の理由に対しても意見を述べるなどの対応をしているので、当審において改めて拒絶の理由を通知する必要はないと認める。また、原告は、当審において、平成4年7月16日付手続補正書案を提出しているが、その内容は明細書中の不要な記載を削除するにすぎないものであって、その補正によって審決の結論が左右されるとはいえないから、該補正をする機会を与えることはしない。

4  本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果に係る本願明細書の記載

(この項の認定は甲第2ないし第4号証による。)

(1) 本願発明は、洗濯機の欠点である洗濯物の絡合いやねじれを防止した洗濯機に関する(本願公報1欄13行ないし14行)。

今日洗濯機の普及はめざましく、その多くは日本では渦巻水流式であり、例えば洗濯機の底部に水をかき回す回転体を設けた構造の物である。しかし、このタイプと別のタイプの羽根車がポンプ室内に封じられ、クローズな状態で回転する遠心ポンプ式の洗濯機において固定の放水口から放射状に又は一方向に噴出する噴流によって洗濯槽内の水を二次的に流動させるのと異なり、このタイプは水を掻き回す回転体がポンプ室などの内に封じられていず、洗濯時に回転体がオープンな状態で回転し、回転体が直接洗濯槽内の水を掻き回すので、回転体の周囲の水が回転運動し、強い渦巻水流が発生するため、洗濯物が固く絡み合ったり、ねじれたりする欠点が存した。本願発明は、上記の欠点に鑑み洗濯物の絡合い、ねじれ等を防止する洗濯機を提供すること(同1欄19行ないし2欄5行、平成2年9月13日付手続補正書(以下単に「手続補正書」というときは、この手続補正書を指す。)2頁4行ないし17行)を技術的課題(目的)とするものである。

(2) 本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨(特許請求の範囲第1項)記載の構成(手続補正書5頁2行ないし13行)を採用した。

(別紙第一の図面参照)

(3) 本願発明は、前記構成により、洗濯槽の中央に筒状で隙間を有する柱を設置することにより洗濯物が渦巻に巻き込まれることを防止するので、洗濯時の絡合いやねじれが防止されるため、洗浄やすすぎが効率的に行われ、節水、省エネルギーとなり、また絡み合った洗濯物をほぐす手間も省ける。特に隙間を柱の上部に設ければ、渦巻水流の吸込みが強い柱の下部に洗濯物が押し付けられず、また洗濯槽の上層の水が上部の隙間から筒状の柱内により多く流れ込んで、柱内を下降し、循環する。さらに、洗濯槽内の柱設置の手段として円筒状容器によるときは洗濯物が従来のように回転体でこすられたり、強くねじられたりして傷むことも防止できる等、従来の洗濯機の多くの重大な欠点を解決することができる(本願公報4欄30行ないし5欄2行)という作用効果を奏するものである。

5  引用例(昭和40年実用新案登録出願公告第595号公報)記載のものの技術的課題(目的)、構成及び作用効果に係る引用例の記載

(この項の認定は甲第9号証による。)

(1) 「従来の洗たく槽を兼ねた脱水槽を持つ遠心脱水洗たく機は、脱水槽の中央に羽根車を備え、この羽根車の回転だけで洗たく作業を行っていたのでその洗じょう効果は必ずしも最良というわけには行かなかった。この考案は簡単な構成によりこの種の脱水洗たく機の脱水機としての性能をそこなうことなく洗じょう効果を高め」ること(1頁左欄14行ないし21行)を技術的課題(目的)とする。

(2) 引用例記載のものは、前記技術的課題を解決するために、「脱水槽1に、その中央に設けられた羽根車7をおおうように、中央に縦方向の通路11を、下側周縁に複数の放射状の翼12を、側面に複数の翼13と通路11に連通する多数の小孔14とを備えた円錐台上の案内具10を取付けた遠心脱水洗たく機の構造」という構成(1頁右欄38行ないし43行)を採用した。

(別紙第二の図面参照)

(3) 引用例記載のものは、前記構成により、「簡単な構成により、遠心脱水洗たく機の脱水機としての作用を妨げることなく洗じょう効果を高めることができる」という作用効果(1頁右欄33行ないし35行)を奏する。

二  主要な争点

原告は、審決には次のような趣旨の違法があるから取り消されるべきである(取消事由1ないし5)と主張し、被告は、審決の認定判断は正当であり、審決手続も正当であって、審決に原告主張の違法はないと主張している。

本件における争点は、上記原告の主張の当否である。

1  一致点の認定の誤り(取消事由1)

審決は、引用例記載のものの案内具10が本願発明の筒状で上部に隙間を有する柱に相当する、と認定した上、本願発明と引用例記載のものとを対比して、両者は、洗濯槽底部中央の回転軸を介して洗濯槽底部に設置された回転体及び筒状で上部に隙間を有する柱を洗濯槽の中心に設置した洗濯機である点で一致する、と認定した。

しかしながら、本願発明の洗濯機は、筒状で上部に隙間を有する、円く細長くて中が空になっている柱を洗濯槽の中心に設置したものであり、このような構成を有することによって、回転体で直接掻き回されて発生する、渦巻状に中心に近づきながら下降する水流が筒状で上部に隙間を有する柱の上部の隙間から流入して、筒状の柱内を下降し、回転体で直接掻き回されて発生する渦巻水流の中心下降水流の下降水路を洗濯物の存在下においても柱内に確保するという作用を果たすものである。

これに対して、引用例記載のものの案内具10は、中央に縦方向の通路を備えた円錐台状であり、下部においては、中が空になっていない、広い底面を持つものであり、洗濯物が羽根車で直接掻き回されて発生する渦巻水流の中心に巻き込まれるのを防止して絡合いを防止する作用、あるいは渦巻水流の中心下降水流の下降水路を洗濯物の存在下においても柱内に確保するという作用は持たない。

したがって、両者は形状、構造及び作用を異にするものであって、審決の上記一致点の認定は誤りである。

2  相違点の看過(取消事由2)

(1) 審決は、本願発明と引用例記載のものとは、「本願発明が回転体を洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態に設置したのに対して、引用例記載のものには羽根車7をおおうように数枚の放射状の翼12が設けられている点」においてのみ相違すると認定した。

しかしながら、本願発明は、回転体を洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態で回転させるものであり、したがって本願発明の柱は回転体をおおっていないのに対し、引用例記載のものにおいては、洗濯槽に、その中央に設けられた羽根車7をおおうように、下側周縁に複数の放射状の翼12を備えた円錐台状の案内具10を脱水槽1に固定、取り付けたものである点で相違するのに、審決は、このような重要な構成上の相違点を看過している。

両者は、このような相違点を有するから、本願発明においては、回転体が、洗濯槽の側方のみならず、上方に対してもオープンな状態で回転し、洗濯槽内の水を該回転体で直接掻き回して渦巻の洗濯水流を発生させ、渦巻状に中心に近づきながら下降する水流を発生させるのに対し、引用例記載のものにおいては、羽根車7から放出された水は洗濯物を脱水槽1の壁に効果的にたたきつける作用効果が実現されはするが、上方の洗濯槽内の水に対する羽根車7の回転の影響が円錐台状の案内具10で遮断され、側方の洗濯槽内の水に対する羽根車の回転の影響は放射状の翼12によって阻止されるから、回転体あるいは羽根車によって発生する水流の形態が本願発明の場合と全く異なる。

(2) また、本願発明の回転体は、洗濯槽の側方のみならず、上方に対してもオープンな状態で回転し、洗濯槽内の水を該回転体の上方でも、かつ側方でも直接掻き回して渦巻の洗濯水流を発生させ、渦巻状に中心に近づきながら下降する水流を生じさせ、これによって発生する渦巻水流によって洗濯物を洗濯する渦巻式洗濯機である。

これに対して、引用例記載のものは、羽根車と水を円錐台状の案内具と複数の放射状の翼で囲まれた空間内に入れ、この空間内に、羽根車といっしょに回転する水を確保し、回転する羽根車の外周に圧力を生じさせ、かつ羽根車といっしょに回転して、回転しながら羽根車から放出される回転運動水流の回転運動を阻止して、回転運動水流の速度を減速して速度エネルギーを圧力エネルギーに変換し、このようにして得た圧力により洗濯物を洗濯槽の壁にたたき付ける水流を作り出して洗濯するポンプ式洗濯機であって、羽根車が洗濯槽内の水を直接掻き回して渦巻水流を発生させているのではない。

審決は、両者はこのような構成の違いから水流発生の形態を異にするものであるという相違点を看過している。

3  相違点の判断の誤り(取消事由3)

審決は、本願発明は引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明することができたと判断した。

しかしながら、審決のこの判断は、本願発明の要旨及び引用例記載のものの技術内容を誤認し、両者の技術的思想の差異を看過し、技術的に結合しえない引用例記載のものと周知技術とを結合するなどの誤りに基づいてされたものであるから、誤りである。

(1) 本願発明の要旨認定の誤り

本願明細書の特許請求の範囲第1項の記載によれば、本願発明の回転体は、「洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態で回転させ」、これによって、「洗濯槽内の水を該回転体で直接掻き回して渦巻の洗濯水流を発生させ」るものであることが構成要件となっている。この場合、「洗濯槽内の水に対してオープンな」という句と「回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い」という句とは、それぞれ独立して「状態で回転させ」という句を修飾しているから、本願発明は、その回転体が回転体の周囲側においてオープンな状態で回転すると同時に、筒状で上部に隙間を有する柱があっても、洗濯槽内の水に対してオープンな状態で回転すると解釈すべきである。したがって、筒状で上部に隙間を有する柱の構成又は配置は、回転体が洗濯槽内の水に対してオープンな状態で回転することを妨げないと理解すべきである。

ところが、審決は、本願発明が回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態についてのみ、オープンな状態であると誤認し、本願発明が回転体の上部においてもオープンな状態で回転することを看過している。要するに、審決は、本願発明の構成要件である筒状で上部に隙間を有する柱の構成又は配置は、回転体が洗濯槽内の水に対してオープンな状態で回転することを妨げないものであるのに、このことを無視している。

また、本願発明は、「洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態で回転させる」という構成を採用したことによって、洗濯槽内の水を該回転体で直接掻き回して渦巻の洗濯水流を発生させることができるようになったものである。

ところが、審決は、「洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態で回転させる」という構成と、「洗濯槽内の水を該回転体で直接掻き回して渦巻の洗濯水流を発生させる」という構成とが一体であることを無視し、それぞれが別個の構成であるとみている。

審決のこの誤った認定は、引用例記載の技術内容を誤認するもとにもなっている。

審決は、これらの誤った認定に基づき本願発明の進歩性を判断したから、この誤りは審決の結論に影響を及すことが明らかであって、取り消されるべきである。

(2) 引用例記載のものの技術内容の誤認

審決は、引用例記載の翼12は、案内具10の下側周縁に放射状に数枚配置され、水流の放射線に対する角度を調整する(整流する)作用をなすものである、と認定している。

しかしながら、この認定は二重に誤りである。

第一に、整流とは、「水、空気のような流体の流れを整えて乱れのない流れにすること」である。したがって、角度を調整するとの認定は誤りである。

第二に、引用例記載の放射状の翼は、単に角度を調整するものではない。すなわち、引用例記載のものは、羽根車と水とを円錐台状の案内具と複数の放射状の翼で囲まれた空間内に入れ、この空間内に、羽根車といっしょに回転する水を確保し、回転する羽根車の外周に圧力を生じさせ、かつ羽根車といっしょに回転して、回転しながら羽根車から放出される回転運動水流の回転運動を阻止して、回転運動水流の速度を減速して速度エネルギーを圧力エネルギーに変換し、このようにして得た圧力により、洗濯物を洗濯槽の壁にたたき付ける水流を作り出しているのであり、単に水流の角度を調整するものではない。

(3) 本願発明と引用例記載のものとの技術的思想の差異を看過した審決の誤り

〈1〉 審決は、前提として、引用例記載のものについて、「羽根車の側面は、密閉された状態ではなくオープンに近い状態で回転するものであって、」と認定する。

しかしながら、この認定は、本願発明の特許請求の範囲記載の「オープンな」の語が意味する技術内容を誤認し、その誤認に基づいて引用例記載のものを認定するものであり、また引用例記載のものの技術内容の誤認に基づくもので、二重の誤りがある。

すなわち、本願発明の回転体は、洗濯槽の側方のみならず、上方に対してもオープンな状態で回転するもので、「オープンな」の語に上方を除外する限定は加えられていない。これに対して、引用例記載のものは、羽根車の上方が円錐台状の案内具でおおわれ、かつ放射状の翼で囲まれており、オープンな状態とはなっていない。

また、引用例記載のものの羽根車と放射状の翼の配置関係は、放射線に対し90°に近い角度の羽根車7の先端から放出される水流に対し、羽根車の側面、外周に放射状の翼が配置されているのであるから、回転水流の回転運動を妨げる構造物が羽根車の側面にあるということができる。

〈2〉 審決は、「本願発明は柱の上部の隙間から流入した水が回転体によって渦巻水流となり、中心に近づきながら下降するものであって、両者は、柱(案内具)の内部を経由して循環する水流を発生させる点において共通する。」と認定し、また、「引用例記載のものは、翼12を設けているのでこれを設けない場合と同等ではないとしても、中心部にそれ相応の渦巻水流が発生するものと認められる。」と認定し、さらに、「両者とも、洗濯機の中心に柱又はそれに相当する案内具を設置しており、回転体(羽根車)のみの場合に比し、洗濯槽中央に発生する渦巻による洗濯物の絡合いが生じ難いという作用効果を実質的に奏する点でも共通する。」と認定した。

しかしながら、以下のとおり、本願発明と引用例記載のものとでは洗濯の原理が異なることはもとより、柱と案内具の果たす作用も異なる。

本願発明は、渦巻式洗濯機に係る発明である。この渦巻式洗濯機は、洗濯槽の上層から回転運動をしながら回転半径を狭めつつ中心に近づきながら下降運動する渦巻水流を発生する。そして、水は、回転しながら洗濯槽の中央底部まで下降して回転翼から放出されて、洗濯槽の外周部で回転しながら上昇し、洗濯槽の上層に達して、最初の運動を繰り返し、循環する。そして、回転翼で水を直接掻き回して、強い渦巻水流を発生させ、この強い渦巻水流により揉み洗いして高い洗浄力を発揮するのである。しかしながら、この種の渦巻式洗濯機においては、中心に近づきながら下降運動する渦巻水流が、洗濯物を渦巻の中心に巻き込み、洗濯物の絡合いが生ずるという欠点が生ずる。そこで、本願発明は、渦巻式洗濯機の利点を確保しつつ、洗濯物の絡合いが生ずるという欠点を解消することを目的として、特許請求の範囲に記載されたとおりの構成を採用したものである。特に、筒状で上部に隙間を有する柱は、洗濯物の絡合いを防止する作用のみならず、渦巻式洗濯機の上記下降水流を確保する作用を有する。

他方、引用例記載のものは、ポンプ式洗濯機に係る考案である。このポンプ式洗濯機は、羽根車と水を円錐台状の案内具と複数の放射状の翼で囲まれた空間内に入れ、この空間内に羽根車といっしょに回転する水を確保し、回転する羽根車の外周に圧力を生じさせ、かっ、羽根車といっしょに回転して、回転しながら羽根車から放出される回転運動水流の回転運動を阻止して、回転運動水流の速度を減速して速度エネルギーを圧力エネルギーに変換し、このようにして得た圧力により洗濯物を洗濯槽の壁にたたき付ける水流を作り出している。この水流は、洗濯槽の周囲に沿って回転するものであり、その中心部には、渦巻式洗濯機に見られるような渦巻水流は発生しないから、際立った洗濯物の絡合いは生じない。したがって、その案内具は洗濯物の絡合いを積極的に防止する作用を持たない。

このように、両者に係る洗濯機の形式が全く異なり、技術的思想が異なるにもかかわらず、その差異を看過して安易に各構成を対比した審決の判断は誤りである。

(4) 引用例記載のものと周知技術とを結合する際の判断の誤り

〈1〉 審決は、「洗濯槽底部に設置された回転体の周囲がオープンに形成され洗濯槽内の水が回転体で直接掻き回されて渦巻が発生する洗濯機は本件出願前周知であり、引用例記載のものもそれを従来技術として認識しているものと認められる。」と認定判断している。

ところで、引用例には、「従来の洗たく槽を兼ねた脱水槽を持つ遠心脱水洗たく機は、脱水槽の中央に羽根車を備え、この羽根の回転だけで洗たく作業を行っていたのでその洗じょう効果は必ずしも最良というわけには行かなかった。」と記載されている。引用例にいう、従来の洗たく槽を兼ねた脱水槽を持つ遠心脱水洗たく機であって脱水槽の中央に羽根車を備え、この羽根の回転だけで洗たく作業を行う洗濯機とは、渦巻式洗濯機のことであるが、引用例記載のものは、その欠点を解消すべく、ポンプ式洗濯機に変更したのである。いわば、引用例記載のものは、従来の渦巻式洗濯機を否定したものであり、審決のいうように、引用例記載のものが渦巻式洗濯機を従来技術として認識しているとみることは、引用例記載のものの技術的思想の破壊につながる。

したがって、周知技術を引用例記載のものに組み合わせることは矛盾するのに、審決は、このことを無視し、無理に引用例記載のものと周知技術を結び付け、本願発明の進歩性を否定したもので、誤っている。

〈2〉 審決は、「洗濯物が渦巻に巻き込まれることを防止して洗濯物の絡合いを防止するために、渦巻が生ずる洗濯槽内部に心棒などを設置することは本件出願前周知の手段にすぎない。」と認定し、周知例1及び周知例2を引用した。

しかしながら、この認定は、本願発明の柱と、これらの周知例記載の心棒などとを同一視したもので、誤りである。

すなわち、本願発明の柱は、前述のとおり、絡合い防止の働きだけでなく、回転体で直接掻き回されて発生する渦巻水流の中心下降水流の下降水路を形成し、回転体で直接掻き回されて発生する渦巻水流の勢いを確保するとともに、これを向上させる働きを有する。

これに対して、周知例1及び2記載の洗濯機においては、心棒、パルセータがあることによって、渦巻水流の中心下降水流の下降水路を塞いで渦巻水流を失わせている。周知例1記載のものでは、洗濯物は心棒を中心に反転し、心棒はともに回転するもので、大きさから考えても柱を回転体の中央部に設置した技術なのである。また、周知例2記載のものは、同心円水流が生じる洗濯槽内に円錐形パルセータを設置したもので、渦巻が生ずる洗濯槽内部に円錐形パルセータを設置したものではない。

このように誤った認定に基づいた本願発明の進歩性の判断は、当然誤りである。

(5) 引用例記載のものから本願発明の構成が容易に想到しえたとした判断の誤り

審決は、「引用例記載のものに対し、整流を省略して羽根車7(回転体)の側面を全くオープンな状態とすること、あるいは、渦巻が発生する洗濯槽の中心に筒状で上部に隙間を有する柱を設置することは、当業者が容易になし得ることとするのが相当である。」と判断している。

審決のこの文章は、その趣旨が一義的に理解し難いが、いずれにせよ、引用例記載のものは、たたき付ける水流を作り出す構成、すなわち、羽根車による回転水流を阻止して放出位置を固定し、直線的水流とし、その水流の角度を放射線に対して20°ないし30°に保つことを構成要件とするものであり、そのための羽根車を除去することは考えていないのであるから、この構成から、羽根車7(回転体)の側面を全くオープンな状態とするという構成のみを抽出することはできない。

したがって、審決の論理は誤りである。

4  本願発明の奏する作用効果の看過(取消事由4)

前述のとおり、本願発明は、渦巻式洗濯機に係る発明である。この渦巻式洗濯機は、洗濯槽の上層から回転運動をしながら回転半径を狭めつつ中心に近づきながら下降運動する渦巻水流を発生する。水は、回転しながら、洗濯槽の中央底部まで下降して回転翼で掻き回されて、回転しながら回転翼から放出されて、洗濯槽の外周部で回転しながら上昇し、洗濯槽の上層に達して最初の運動を繰り返し、循環する。そして、回転翼で水を直接掻き回して、強い渦巻水流が発生し、この強い渦巻水流により揉み洗いして高い洗浄力を発揮するのである。

しかし、この種の渦巻式洗濯機においては、中心に近づきながら下降運動する渦巻水流が洗濯物を渦巻の中心に巻き込み、洗濯物の絡合いが生ずるという欠点がある。そこで、本願発明は、渦巻式洗濯機の利点を確保しつつ、洗濯物の絡合いが生ずるという欠点を解消することを目的とし、特許請求の範囲に記載されたとおりの構成を採用した。

本願発明の、筒状で上部に隙間を有する柱は、上記の渦巻式洗濯機において、洗濯物の絡合いを防止する作用のみならず、渦巻式洗濯機の上記下降水流を確保する作用を有する。

これに対して、引用例記載のものは、ポンプ式洗濯機に係る考案であって、水流作出の原理は前記3(3)〈2〉のとおりであり、この水流は、洗濯槽の周囲に沿って回転するものであり、その中心部には、渦巻式洗濯機にみられるような渦巻水流は発生しないから、際立った洗濯物の絡合いは生じない。

したがって、その案内具には洗濯物の絡合いを防止する作用効果はない。

そうすると、引用例記載のものから本願発明の顕著な作用効果は予測できない。

5  手続違背(取消事由5)

本願発明の拒絶査定の理由は、本願発明が引用例記載のものと同一であるから特許を受けることができないというものであった。

ところが、審決は、本願発明は引用例記載のものに基づいて容易に発明をすることができたから、特許を受けることができないとした。

このように原査定の理由と異なる理由により拒絶しようとする場合には、改めて拒絶理由を通知すべきであったため、その拒絶理由通知を欠いた審決は違法であり、その違法は審決の結論に影響があるから、審決は取り消されるべきである。

第三  争点に対する判断

一  取消事由1について

甲第9号証と第二の-5(2)の事実によれば、引用例記載の洗濯機の案内具10は、中央に縦方向の通路11を備えた円錐台状のもので、断面円形であり、直径に比べ、その高さが比較的大きく、したがって、全体として細長く、中空のものであることが認められる。

したがって、審決が引用例記載の案内具を筒状で上部に隙間を有する柱と認定したことに何らの誤りはないというべきである。

もっとも、上記第二の-5(2)の事実殊に別紙第二の図面によれば、上記案内具10は、下部においては通路11を取り囲んで素材が詰められており、広い底面をもっていることも明らかである。しかしながら、通路11は十分な広がりをもち、底面にまで及んでいるのであるから、上記判断を左右することはできない。

そして、引用例記載のものにおいても洗濯槽内に渦巻水流が発生することは後記三3において詳述するとおりである。また、甲第9号証によれば、引用例には、前記のとおり別紙第二の図面が添附されており、また、「10はこの考案において特に設けた案内具で、アジテータに似た円錐台状をなし、中央に縦方向の通路11を、下側周縁に数枚の放射状の翼12を、側面に沿ってせいの低い複数の放射状の翼13を、翼13の間には中央の通路11と連通する数列の小孔14を備え、羽根車7をおおうように脱水層1に翼12を貫通するねじ15により固定されている。脱水層1内にこのような案内具10を備えているため、羽根車7の先端から放出される水流は、(中略)案内具10の下側の翼12の作用で水流の放射線に対する角度は(中略)弱められる一方吸水は案内具10の側面の翼13の間に設けられた多数の小孔14から行われ、吸込まれた水は案内具10の中央の通路11から羽根車7に送られるが、小孔14の数が多いので、これを通過する水流の速度は著しく弱められ、翼13の存在と相まって洗たく物が案内具10に付着するのを防止する。」(1頁右欄5行ないし23行)との記載があることが認められる。この認定事実によれば、引用例記載のものにおいて、案内具10は、中央の通路11及びこれと連通する数の多い小孔14を備えていること、この小孔14から吸水されてそこから下向に水流が生じること、この案内具10に備えられた小孔14が通過する水流の速度を著しく弱めることにより、翼13の存在ともあいまって洗濯物が付着することを防止することが明らかである。

したがって、本願発明の柱と引用例記載のものの案内具10とはその形状、構造において異なるところがなく、かつその作用においても本願発明の柱の作用として原告が主張するところと引用例記載のものの案内具10の作用とは共通であるから、審決の一致点の認定に原告主張の誤りはない。

二  取消事由2について

1  取消事由2(1)について

原告は、本願発明の柱は回転体をおおっていないのに対し、引用例記載のものは洗濯槽に、その中央に設けられた羽根車7をおおうように、下側周縁に複数の放射状の翼12を備えた円錐台状の案内具10を脱水槽1に固定、取り付けたものである点において相違するのに、審決は、このような重要な構成上の相違点を看過している旨主張する。

しかしながら、前記第二の-3によれば、審決は、引用例記載のものの技術内容として、イ「脱水槽1に、その中央に設けられた羽根車7をおおうように(中略)下側周縁に複数の放射状の翼12を(中略)取付けた遠心脱水洗たく機」、ハ「(前略)10はこの考案において特に設けた案内具で(中略)羽根車7をおおうように脱水槽1に翼12を貫通するねじ15により固定されている。」との認定をした上、本願発明と引用例記載のものとを対比し、両者は「本願発明が回転体を洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態に設置したのに対して、引用例記載のものには羽根車7をおおうように数枚の放射状の翼12が設けられている点」を相違点として認定しており、審決は引用例記載のものは下側周縁に複数の放射状の翼12を備えた案内具10を脱水槽1に固定、取り付けたものであることを前提に相違点の認定をしていることが明らかであるから、審決に原告主張の構成上の相違点の看過はない(なお、引用例記載のものの案内具10は本願発明の柱と同じく筒状のものであることは、前記一において認定したとおりである。)。

したがって、審決には原告が取消事由2(1)において主張する相違点の看過はない。

2  取消事由2(2)について

取消事由2(2)における原告の主張の趣旨は、本願発明は、回転体が洗濯槽の側方のみならず、上方に対してもオープンな状態で回転することを要旨とし、したがって、本願発明では、回転体は回転を妨げる構造物が近傍になくその周辺が上方の水に対しても開放されているため、回転の影響が回転体の上方の水にも及ぶのに対し、引用例記載のものは羽根車の上方が脱水槽に固定、取り付けられた案内具によって覆われ、側方には複数の放射状の翼があるから、その回転の影響は上方の水に及ぶことがなく、また、側方においては、複数の放射状の翼によって流れの方向が規制される点で、水流の形態が相違する、という点にあると解される。

しかしながら、本願発明の特許請求の範囲第1項に記載された「回転体を、洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態で回転させ」とある部分のうち「回転体を、洗濯槽内の水に対してオープンな」との文言は、技術的に一義的に明確とはいえないので、本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参照してその技術的意義を検討すると、甲第2ないし第4号証と前記第二の-4(1)の事実によれば、本願明細書には、「回転体を洗濯槽内の水に対してオープンな」との文言の技術的意味を直接説明した記載は存しないが、「このタイプと別のタイプの羽根車がポンプ室内に封じられ、クローズな状態で回転する遠心ポンプ式の洗濯機において固定の放水口から放射状に又は一方向に噴出する噴流によって洗濯槽内の水を二次的に流動させるのと異なり、このタイプは水を掻回す回転体がポンプ室などの内に封じられていず、洗濯時に回転体がオープンな状態で回転し、回転体が直接洗濯槽内の水を掻回すので、回転体の周囲の水が回転運動し、強い渦巻水流が発生するため、洗濯物が固く絡合ったり、ねじれたりする欠点が存した。」(手続補正書2頁7行ないし17行)との記載及び「回転体上部の回転体に近い所では、水が強い力で中心に向って流れ込むため洗濯物が柱の付根附近に押付けられてしまうことがある。そこで柱の頂点と付根の中間附近から、柱の付根附近までの部分には隙間のないものとすれば、水は隙間のある筒状の柱の上部から流れ込むからこの欠点を補うことができる。(中略)隆起(柱)が円錐状のものも本発明にかかる洗濯機の実施例の一つである。」(本願公報3欄4行ないし19行)との記載があり、実施例として別紙第一の第2図が添附されていることが認められる。

前者の記載からは、本願発明の特許請求の範囲第1項の「オープンな」との文言は、「クローズな状態」と反対の状態であり、単に回転体がポンプ室内など密閉空間に封じられていることを排除するにすぎない、と理解することができる。

そして、後者の記載及び上記第2図からは、柱の付根附近、すなわち同図において円錐状柱2’の実線により図示された部分には隙間がないことが窺われる。同図上この部分の外周付近は概ね回転体の外周縁の上方に位置しているから、回転体は柱の実線によって図示された部分までの間において遮蔽されている、すなわち洗濯槽内に設置された柱によりおおわれている、と認めて差支えない。ところで、同図から明らかなとおり、回転体と円錐状柱2’底部付近との間隔は比較的小さいから、実施例の構成によっては、回転体の回転の影響が直ちに直接回転体の上方の水へと及ぶことはなく、したがって回転体がその上方の水に対しては実質的に開放されていない場合、つまり、本願発明における回転体が洗濯槽内の水を掻き回しても、回転体が作り出す流れの大部分が回転体の横方向の流れであり、回転体の上方への流れは極めてわずかである場合がありうることが認められる。そうすると、本願発明の構成によっても、回転体の回転が直接上方の水に影響するという理由によっては上方への流れができず、単に回転体の横方向の流れが洗濯槽の側壁に当って向きを変えた流れによって上方への流れができるにすぎない場合があることを否定することができない。

以上のとおりであるから、本願発明の特許請求の範囲第1項の「回転体を、洗濯槽内の水に対してオープンな」という文言は、単に回転体の側方に位置する洗濯機の水に対して開放されているだけの場合をも含んでいるというべきであり、この文言を、回転体の上方の水に対しても開放されている場合でなければならない、とあえて限定して解すべき根拠はない。また、本願発明において回転体が洗濯槽内に設置された柱によりおおわれている場合があり、本願発明の回転体の回転によって直接上方への水流が発生しない場合もあることは上述のとおりである。そして、後記三3において検討するとおり、引用例記載のものにおいても洗濯槽内に渦巻水流が発生し、脱水槽内に設置された案内具が多少なりとも洗濯物の絡合いを防止する作用を持ち、また、洗濯槽内の水流の下降水流を確保していることは否めない。

したがって、本願発明と引用例記載のものとの構成の違いから両者は発生する洗濯槽内の水流の形態が異なるとする取消事由2(2)の主張は失当というほかはない。

三  取消事由3について

1  取消事由3(1)について

原告は、本願発明における回転体は、周囲側においてオープンな状態で回転するだけでなく筒状で上部に隙間を有する柱があっても洗濯槽内の水に対してオープンな状態で回転すると解釈すべきであるのに、審決は、本願発明において回転体がその上部でもオープンな状態で回転することを看過している、と主張する。

しかしながら、前記二2において検討したとおり、本願発明において、特許請求の範囲第1項の「回転体を、洗濯槽内の水に対してオープンな」という文言には回転体がその側方に位置する洗濯機の水に対してのみ開放されている場合をも含んでいるのであるから、上記主張は理由がない。

また、原告は、審決は、本願発明において「洗濯槽内の水に対してオープンな、回転体の回転によって回転体の周囲に発生しようとする回転水流の水平面の回転運動を妨げる構造物が回転体の側面近傍に無い状態で回転させる」という構成と「洗濯槽内の水を該回転体で直接掻き回して渦巻の洗濯水流を発生させる」という構成とが一体であることを無視し、それぞれが別個の構成であるとみる誤りを犯している、とも主張する。

この原告の主張の趣旨は、本願発明において柱の上部の隙間から流入した水が回転体によって渦巻水流となり中心に近づきながら下降する水流となるのは、洗濯槽内の水を上記のような構成の回転体で直接掻き回して渦巻の洗濯水流を発生させるという構成を採用したことにより生じたのである、という点にあると解される。

しかしながら、審決は、「一方、本願発明は柱の上部の隙間から流入した水が回転体によって渦巻水流となり、中心に近づきながら下降するものであって」と認定しており、審決が本願発明の構成により洗濯槽内の水を該回転体で直接掻き回して渦巻の洗濯水流を発生させることができることを認識していることは明らかであり、審決に原告指摘の誤りはないから、原告の主張は失当である。

2  取消事由3(2)について

甲第9号証によれば、引用例には、「羽根車7の先端から放出される水流は、放射線に対して90°近い角度すなわち羽根車の先端が画く円周に対しほぼ切線方向をなしているが、案内具10の下側の翼12の作用で水流の放射線に対する角度は20~30°まで弱められる」(1頁右欄13行ないし17行)との記載があることが認められるから、「引用例記載のものの翼12は、案内具10の下側周縁に放射状に数枚配置され水流の放射線に対する角度を調整する(整流する)作用をなす」との審決の認定には誤りはないというべきである。

もっとも、原告は、「整流」という語の用い方の誤りを指摘するが、審決の上記認定によれば、審決は、羽根車によって掻き回されて発生した、羽根車の先端が描く円周に対するほぼ切線方向の水流を、一定角度で放出させることを整流といっていることが明らかであるから、これを整流と称したからといって単に用語法の問題であるにすぎず、審決の認定に誤りがあるとされるべき謂れはない。また、原告は、引用例記載の翼12は単に角度を調整するものではない、と主張するが、羽根車に他の機能があるか否かは上記の審決の認定の正当性を左右するものでないことはいうまでもない。

したがって、取消事由3(2)は理由がない。

3  取消事由3(3)について

原告は、本願発明では、回転体が洗濯槽の側方だけでなく上方に対してもオープンな状態で回転し、「オープンな」の語に上方を除外する限定はないのに、引用例記載のものは羽根車の上方がオープンな状態とはなっていない、と主張する。

しかしながら、前記二2において検討したとおり、本願発明の特許請求の範囲の「オープンな」との文言は、回転体の上方に対しても開放されている場合でなければならないとは限らず、単に回転体の側方に位置する洗濯機の水に対して開放されているだけの場合をも含んでいるのであるから、原告の主張は前提を欠く。

なお、原告は、引用例記載のものにおいて回転水流の回転運動を妨げる構造物が羽根車の側面にあることを主張しており、その趣旨は審決がこの点を看過していることを主張するものと解されるが、審決は、「引用例記載のものは、翼12を設けているのでこれを設けない場合と同等ではないとしても、中心部にそれ相応の渦巻水流が発生するものと認められる。」と認定しているのであるから、この点をも考慮のうえ判断を導いていることが明らかであり、審決に上記の点に関する看過はない。

また、原告は、本願発明は、回転体が洗濯槽の側方だけでなく、上方に対してもオープンな状態で回転して洗濯槽内の水を直接掻き回す渦巻式洗濯機であるのに対し、引用例記載のものは、ポンプ式洗濯機であり、洗濯機の形式が全く異なり、技術的思想が異なるにもかかわらず、審決は、その差異を看過して安易に各構成を対比した点において誤っている、と主張する。

しかしながら、上述のとおり、本願発明の回転体は、単に洗濯槽の回転体の側方に位置する水に対して開放されているだけの場合をも含んでおり、上方に対しても開放されている場合に限られない。

他方、甲第9号証と前記2、前記一及び前記第二の-5において認定した引用例の記載に照らせば、引用例記載のものにおいても、洗濯槽の内壁に沿って回転する水流が生ずること、したがって、多少なりとも洗濯槽内に渦巻が生じ、中央において洗濯物の絡合いが生ずることは明らかであり、さらに、引用例記載のものの実施例を示す別紙第二の図面において、案内具10の底面は、中央付近では通路11として開放されており、また羽根車7の外周付近からは徐々に上方に広がって逆円錐状を呈しており、案内具10は羽根車7をおおうような状態とはいうものの、羽根車7の周縁近傍にいわば肉厚の傘をさすように設けられているにすぎず、羽根車7を封じ込めてはいないことも明らかにされている。

そして、本願発明の柱と引用例記載のものの案内具とがその果たす作用において異ならないことは、既に述べたとおりである。

そうすると、本願発明と引用例記載のものとが洗濯機の方式において全く異なり、技術的思想が異なると断ずることはできない。また、「本願発明は柱の上部の隙間から流入した水が回転体によって渦巻水流となり、中心に近づきながら下降するものであって、両者は、柱(案内具)の内部を経由して循環する水流を発生させる点において共通する。」とし、「引用例記載のものは、翼12を設けているのでこれを設けない場合と同等ではないとしても、中心部にそれ相応の渦巻水流が発生するものと認められる。」としたうえ、「両者とも、洗濯機の中心に柱又はそれに相当する案内具を設置しており、回転体(羽根車)のみの場合に比し、洗濯槽中央に発生する渦巻による洗濯物の絡合いが生じ難いという作用効果を実質的に奏する点でも共通する。」とした審決の認定判断には誤りはなく、取消事由3(3)は理由がないというべきである。

4  取消事由3(4)について

原告は、引用例記載のものは従来の渦巻式洗濯機を否定したものであり、審決のように引用例記載のものが渦巻式洗濯機を従来技術として認識しているとみることは引用例記載のものの技術的思想の破壊につながり、周知技術を引用例記載のものに組み合わせることは矛盾する、と主張する。

しかしながら、洗濯槽底部に設置された回転体の周囲がオープンに形成され、洗濯槽内の水が回転体で直接掻き回されて渦巻を発生させる洗濯機が本件出願前周知であったことは、原告も自認するところである。そして、甲第9号証と前記第二の-5の事実によれば、引用例には、「従来の洗たく槽を兼ねた脱水槽を持つ遠心脱水洗たく機は、脱水槽の中央に羽根車を備え、この羽根車の回転だけで洗たく作業を行っていたのでその洗じょう効果は必ずしも最良というわけには行かなかった。この考案は簡単な構成によりこの種の脱水洗たく機の脱水機としての性能をそこなうことなく洗じょう効果を高めたもので」と記載されているから、引用例記載のものは、上記の本件出願前周知の洗濯機を前提としてそれを改良したものにすぎないということができる。

したがって、引用例記載のものが、洗濯槽底部に設置された回転体の周囲がオープンに形成され、洗濯槽内の水が回転体により直接掻き回されて渦巻を発生させる本件出願前の洗濯機を前提としたものであることは否定することができず、上記原告の主張は理由がない。

ところで、審決は、「洗濯物が渦巻に巻き込まれることを防止して洗濯物の絡合いを防止するために、渦巻が生ずる洗濯槽内部に心棒などを設置することは本件出願前周知の手段にすぎない。」と認定しているが、甲第23号証、第24号証によれば、周知例1及び周知例2の記載から、洗濯物が渦巻に巻き込まれることを防止して洗濯物の絡合いを防止するために渦巻が発生する洗濯槽内部に心棒、パルセータを設置することが本件出願前周知の手段であったことが十分認められる。

原告は、上記審決の認定にっき、本願発明の柱は絡合い防止の働きだけでなく、回転体で掻き回されて発生する渦巻水流の中心下降水流の下降水路を形成し、渦巻水流の勢いを確保し向上させる働きを有するから、審決の認定は、本願発明の柱と周知例記載の心棒などとを同一視したもので、誤りである、と主張する。

しかしながら、審決は、洗濯物の絡合い防止の観点から周知例1及び周知例2記載の周知手段を引用したにすぎず、本願発明の柱と周知例記載の心棒などとを全面的に同一視したものではないから、原告の主張は失当というほかはない。

そうすると、取消事由3(4)の各主張は失当であり、これらの点に関する審決の認定判断は正当である。

5  取消事由3(5)について

前記3及び4並びに前記一において既に述べたとおり、引用例記載のものにおいても、多少なりとも洗濯槽内に渦巻水流が発生し、その案内具は、循環する水流を発生させ、また、羽根車の上方に位置して洗濯物の絡合いを防止する機能を多少なりとも果していることが明らかであるから、引用例記載のものの前提として存在する、洗濯槽底部に設置された回転体の周囲がオープンに形成され、洗濯槽内の水が回転体で直接掻き回されて渦巻が発生するという本件出願前周知の洗濯機において、洗濯物が渦巻に巻き込まれることを防止して洗濯物の絡合いを防止するために、渦巻が発生する洗濯槽内部に心棒等を設置することが本件出願前周知の手段である以上、引用例記載のものにおいて羽根車の側面を全くオープンな状態とすることは、当業者が容易に想到しうる設計変更にすぎない。

したがって、取消事由3(5)の主張は理由がなく、この主張に係る審決の判断に誤りはない。

四  取消事由4について

前記三の3ないし5及び前記一において検討したところによれば、洗濯物が渦巻に巻き込まれることを防止して洗濯物の絡合いを防止するために渦巻が発生する洗濯槽内部に心棒、パルセータを設置することが本件出願前周知の手段であったが、引用例記載のものにおいても、多少なりとも洗濯槽内に渦巻水流が発生し、その案内具は、循環する水流を発生させ、羽根車の上方に位置して多少なりとも洗濯物の絡合いを防止する機能を果していることが明らかにされている。

そうすると、第二の-4(3)記載の本願発明の奏する作用効果は引用例記載のものにおいて周知技術を適用して羽根車の側面を全くオープンな状態とする構成を採用することにより、当業者が当然に予測しうる範囲のものにすぎず、これをもって格別顕著であるということはできない。

そのうえ、前記二において検討したとおり、本願発明の回転体は、その上方の水に対しても開放されているとは限らず、単に回転体の側方に位置する水に対して開放されているだけの場合もありうるのであるから、本願発明の作用効果が引用例記載のものの作用効果以上のものではない場合があることも明らかである。

したがって、取消事由4は理由がなく、この主張に係る審決の認定判断に誤りはない。

五  取消事由5について

甲第6号証、第8号証、第31号証、第41号証、第42号証及び第43号証の各1ないし3と弁論の全趣旨と前記認定事実によれば、特許庁審査官は、昭和62年4月6日、原告に対し、昭和52年実用新案登録出願公開第156280号公報等を引用して本願発明はこれらの刊行物記載のものから容易に発明できるとの拒絶理由を通知したが、その中に引用例は引用されていなかったこと、その後昭和63年2月18日本願発明について特許出願公告がされたのち、同年5月18日株式会社日立製作所から異議が申し立てられたこと、同社は、同年6月16日付異議理由補充書において異議理由として、本願発明は〈1〉引用例記載のもの又は〈2〉ドイツ連邦共和国特許第809186号明細書、〈3〉米国特許第2363184号明細書記載のもの等と同一であり、又はこれら公知の刊行物記載のものから容易に推考しうるから特許法29条1項3号又は同法29条2項により拒絶されるべきであるとの主張をしたこと、なお、同補充書には前記〈2〉及び〈3〉の刊行物には洗濯槽内に筒状で上部に隙間を有する柱が設けられており、洗濯物の絡合いを防止する作用効果を奏する旨の記載があること、原告は、同社からの異議申立書及び異議理由補充書の副本の送達を受け、同年12月26日付答弁書により同社の異議に対して答弁し、同年12月26日には手続補正書を提出したこと、特許庁審査官は、平成2年4月19日、本願発明は引用例記載のものと同一であるから同法29条1項3号により特許を受けることができないとして、特許異議の申立は理由があるとする決定とともに、同決定に記載した理由によって拒絶査定をしたこと、同年8月15日原告から拒絶査定不服の審判が請求された結果、平成4年9月17日、本願発明は前記審決の理由の要点(第二の-3)摘示の周知技術を考慮すれば引用例記載のものに基づいて容易に発明することができたことを理由に同法29条2項により「本件審判請求は、成り立たない。」との審決がされたことが認められる。

ところで、同法159条2項により同法50条が準用される趣旨は、拒絶査定不服の審判が請求された場合において査定の理由と異なる拒絶理由が発見されたときに直ちに新たな理由による特許出願の拒絶を許容することは、特許出願人にその理由について何らの弁明を与えないことに帰し、特許出願人に酷であるとともに、審判官も過誤を犯すおそれがないわけでもないから、このようにときにはまず特許出願人に意見書を提出して意見を述べる機会を与える一方で、同法159条2項により準用される同法64条にしたがい願書に添附した明細書又は図面を補正する機会を与え、また同時に特許出願人から提出された意見書を資料として審判官に再度の考案をするきっかけを与えて審判の公正を担保しようとすることにあると解すべきである。

本件においては初め審査官が通知した拒絶理由に引用例は記載されていなかったが、特許異議申立人の異議理由補充書には引用例等前記公知の刊行物を引用した同法29条2項の事由が記載され、その書面の副本が同法159条3項により準用される同法57条にしたがい原告に送達された結果、原告は意見書を提出して意見を述べ、願書添附の明細書又は図面を補正する機会が与えられたのであり、現に原告は答弁書を提出して意見を述べ、また手続補正書を提出して補正をしていることが明らかである。

もっとも、前記認定の異議申立書、異議理由補充書及び特許異議の決定書並びに拒絶査定書には、審決が本願発明と引用例記載のものとの相違点の判断において参酌すべきものとした「洗濯物が渦巻に巻き込まれることを防止するために、渦巻が生ずる洗濯槽内部に心棒などを設置することは本件出願前周知の手段にすぎない(周知例1及び周知例2)」という周知技術は摘示されていない。しかしながら、異議理由補充書には〈2〉及び〈3〉の刊行物には洗濯槽内に筒状で上部に隙間を有する柱が設けられており、洗濯物の絡合いを防止する作用効果を奏するとの記載があったことは前記認定のとおりであるから、審決認定の点が周知技術であることの主張は既に同書面に記載されていたと理解することができ、原告は、この異議理由書に対応して答弁書と手続補正書を提出しているのであるから、その点について原告が防禦権を行使する機会は保障されていたというべきである。しかも、甲第7号証、第11号証によれば、特許庁審判長は、本件審判手続において、原告に対し、平成4年1月14日付で「本件に関し下記の事項について本書発送の日から60日以内に回答されたい」との尋問書を発送したが、同書には、「引用例のものは、本願発明の『回転体』と『柱』に加えて『翼12』を配置し、流水を積極的に整流するようにしたものであって、かりに翼12が無かったとしても羽根車7の掻回し作用で洗濯槽内の水は流動しうるものではないか。整流を省略して羽根車(回転体)の側面を全くオープンな状態とすることは単なる設計変更ではないか。」との記載があること、この尋問書に対し、原告は、同年7月16日付で回答書を提出し、引用例の洗濯物を水流で脱水槽1にたたき付けて洗浄する作用はいわゆる渦巻式洗濯機や本願発明洗濯機に無い本質的特徴であり、整流を省略しても単なる設計変更ではないかという尋問は不当であるとの意見を述べていることが認められるから、新たに前記周知技術を摘示して拒絶理由通知を発すれば、原告がさらに異なった意見を述べ手続を補正するであろうと考えるべき余地は存しない。

したがって、本件においては拒絶理由通知制度が要請する手続的適性は実質的に保障され、審判の公正は担保されており、特許庁審判官が原告に対しさらに重ねて前記周知技術を引用した拒絶理由を通知しないまま審決したことをとらえて違法とすべき謂れはない。

そうすると、取消事由5は理由がない。

六  なお、原告は、上記の主要な争点以外にも縷々審決の認定判断を非難する主張をしているが、これらは、上記のとおり判断を加えた取消事由を言い換えたにすぎず失当なものであるか、又は審決の取消事由とはならないことが明白で明示的に判断するまでもないものであり、いずれにしても失当である。

七  よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)

別紙第一

〈省略〉

別紙第二

〈省略〉

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